ここに一本の古いカセットテープがある。

今から約35年前の1970年代はじめ、中洲のダンスホール「赤と黒」にハコで出演していた「Milk」の演奏が収録してある。

当時、熱心なファンの一人が開店前のリハーサル時に収録。1本のカセットテープに保管していたという貴重な品だ。正式なスタジオ音源ではなく、当時出はじめた簡易小型カセットテープレコーダーで録音された一発録りのようだ。音質的に経年劣化も多くみられるが、録音を聴いてまず衝撃を受けたのは、その演奏クオリティーの高さである。

事実、このテープに残っていた「Milk」のリハーサル音源は簡単な一発録音であったにもかかわらず、ライン録りを思わせるほどのバランスとまとまりで演奏されていることで35年経った今聴いてもまったく古さを感じさせない。そればかりか「これが1970年代の博多ロックだ!」と言わんばかりの抜群のノリとドライブ!野太いビンテージ・サウンドでグイグイ押しまくる演奏を聴いていると思わず踊りだしてしまいそうだ。

「これが本番前の練習…?」 音だしのノリを一発録りしたリハーサル録音だとすれば、まさに当時20歳そこそこのメンバーで結成された「Milk」が単なる勢いだけでなく、人気と実力を兼ね備えていた博多ロックバンドの真髄であったことが十分伺い知れる。

また、この音源発見で「博多ロック創生期の新事実」も明らかになった。

それは当時活躍していたほとんどのロックグループが洋楽ロックやブルース、R&Bのカバー曲を演奏するのが常識だった1970年代はじめ、そのころはまだタブー視されていた「日本語のオリジナルロック」という聖域にいち早く手を染め、独自の解釈とロックマナーでそれを見事に完成。そして「日本語による博多ロックの基礎」を創ってみせたのがこの「Milk」という事実である。

男性メンバー5人全員が化粧をし、ステージユニフォームまで揃えたというビジュアル系ロックバンドの先駆けとしても話題をさらい、サウンド・ビジュアル両面から革新的ステージパフォーマンスで博多ロック史禁断の扉を開けたパイオニアバンドが、まさにこの「Milk」だったのだ!

そんな「Milk」の存在は、たびたび「対バン」やコンサートでも競演していた「サンハウス」や他の実力派ロックバンドからも絶賛され、鮮烈なロックセンスを持った博多ロックのエポックメーキングバンドとして認められていたというのもうなづける。

しかしながら、1970年代博多ロック黄金時代の一瞬を駆け抜けわずか1年7カ月で解散してしまったことで不世出バンドとなってしまったこと、そして彼らがその短い期間に残したスタジオ音源や映像が今日まで日の目を見ることなく埋もれてしまっていることーその2つの理由から、後に伝説の博多ロックバンドの歴史にその名が刻まれることはなかった。

それでも、1本のカセットテープの発見をきっかけとしてこのウェブサイトを通じて初公開された「赤と黒」での音源やいくつかの博多ロック創生期の新事実などから、「MILK」をリアルタイムで知るファンや有名ロックバンド、そして音楽関係者たちがそのあまりにも鮮烈だった当時の存在やロックマナーを「博多ロック創生期のMILK神話」として35年経った今もなぜ語り継いでいるのか、その理由(わけ)が十分ご理解いただけたに違いない。


1977年1月、北九州小倉出身のロックグループ「ピノキオ」が今回紹介されている「Milk」のオリジナル曲「可愛い男の子」をカバーして、テイチク傘下の「ブラック」からレコード発売している(BC-1018)。

(テイチク)ブラックは、当時「サンハウス」「海援隊」「トランザム」なども所属し、「Milk」が博多で活躍していた時にもレコードデビューの話が持ちかけられたことのあるレーベルだ。

「Milk」解散の翌年、1974年一世を風靡したキャロルも解散。まもなく宇崎竜童率いるの「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」の「スモーキン’ブギ」が全国で大ヒットした。ロックンロールの「ブギウギ」を基調とした曲が多く流行した時代だ。

その頃、小倉でハコバンドをやっていた「ピノキオ」にレコードデビューの話が持ち上がった。「ピノキオ」のリーダー・益村慎司は、解散後小倉で活動していた「Milk」のドラムだった永田(かっぱ)にお願いして、以前からお気に入りだった「可愛い男の子」を提供してもらう約束をとりつける。益村はオリジナルの曲調をアレンジ、アップテンポでノベルティータッチに仕上げレコーディングしている。(同時に、オリジナル歌詞の ♪街を歩けば「オカマが誘う」〜…の部分を、 ♪街を歩けば「みんなが振り向く」と変更。「サンハウス」のデビューアルバムの歌詞の一部がそうであったように、その頃「オカマ」という表現は放送通念上問題があったのだろう。)

残念ながらその内容はオリジナルバージョンには遠く及ばない出来で「博多ロック美男子対決」は元祖「MILK」の"可愛い男の子"に軍配があがる。しかし、この「ピノキオ」のカバーバージョンも、当時の「ブギウギブーム」に便乗しヒット狙いを多分に意識した作りに仕上がっていることはたいへん興味深い。